<海外旅行、あの頃と今>

saito 03

saito 08saito 05

ボクが幼い頃、世界は今よりもはるかに広かった。

ボクが若い頃、海外は今よりも間違いなく遠かった。

ボクが世界(海外)を意識したのはいつ頃だったろう。

小学生の頃、童謡「うみ」の一節「い~ってみたいな よそのく~に~♫」から漠然と海の向こうというものを意識したのが最初だったのではないかと思う。中学生の頃はテレビで毎週「兼高かおる世界の旅」や「すばらしい世界旅行」「野生の王国」などを欠かさず観ていたし、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』や森村桂の『天国に一番近い島』、小田実の『何でも見てやろう』などを読みながらまだ見ぬ(知らぬ)世界に想いをはせていた。また映画「若大将シリーズ」でハワイやアルプスの山々を舞台に躍動する加山雄三にあこがれ、心をときめかせたものである。

ボクの生まれた1950年代、日本では海外旅行などというものはまだまだ一般国民にとっては夢であり、旅行代金も月収の数倍から数十倍といわれていた(らしい)。1964年、海外旅行が自由化され、高嶺の花であった海外旅行もようやく現実的な視点で考えられるようになった。その後1970年代に入ると大型旅客機ボーイング747(通称ジャンボ)が日本にも就航し大量輸送が可能となったこと、さらに成田国際空港が開港したことからいよいよ海外旅行ブームも本格化し、大きく海外への扉が開くことになったのである。

ボクの初めての海外旅行は1980年代に入ってから。訪問の地はアメリカ。ワールドトレードセンター(2001年アメリカ同時多発テロ事件で崩壊)ルーフトップからのマンハッタンのまばゆいばかりの夜景に言葉を失い、ギャンブルとアミューズメントの眠らぬ街ラスベガスでは24時間ハイテンション、バカでかいホットドックとコークに驚嘆し、雄大なグランドキャニオンを眺めながらしばし時間の経つのを忘れた。

それ以降、どれほどの国や地域を訪れたことだろう。

前任校の研究室の仲間たちと2週間かけてソウルから釜山までを旅した大韓民国珍道中(バカをやったな~)。30代の終わりには日短協主催のヨーロッパ研修旅行にも参加させていただいた(感謝しております、ペコリ)。またひと頃は、グアムにダイビング部の学生と10年以上続けて潜りに行っていたし(彼らの笑顔が忘れられません!)、ハワイの研修旅行でも5年(回)ほど引率を担当し、ボク自身も大いに見分を広めることができた。おかげさまでワイキキの「カラカウア通り」などは今や目を瞑っていても歩けるようになりました。(ナ~ンてね、冗談です)

saito 01

アメリカやヨーロッパ、アジアの国々、そしてアフリカ、オセアニア&カリブ海をはじめとする多くの南の島々。ディズニーワールドの圧倒的スケールに度肝を抜かれ、ヨーロッパ各国(各地)の歴史と伝統文化に触れ、アジアの国々のスパイシーな食事に舌鼓を打ち、マサイマラでは目の前のライオンやバッファローに向けシャッターを切る。

ライオン(食事中)

GBRのホワイトヘブンビーチでこの世の天国を満喫し、ハバナの街を走るカラフルなクラシックカーに新鮮な驚きを覚え、夕暮れにはサルサの曲が流れるバー「フロリディータ」でヘミングウェイとチェ・ゲバラにサルー!(乾杯)

saito 07

世界の様々な人たちとの出会い。

老若男女、優しい人、怖い人、スカした人、悲嘆にくれる人、富める人と貧しい人、さらに雲を突くような大男、この世のものとは思えない絶世の美女!(これは余計、かな)などなど。ミッドタウン5番街に聳え立つトランプタワーに暮らすスーパーリッチ、布切れを丸めたボールを裸足で蹴るパプアニューギニアの子どもたち、ボクのウエストポーチから瞬時に財布を抜き取ったジプシーの女の子、手をつなぎ和やかな表情で公園を散歩している素敵な老夫婦、周りを気にすることもなく自らの腕に注射の針を刺すジャンキー(薬物中毒者)。そして、写真ではあるもののアウシュビッツ・ビルケナウで見た自由と希望を奪われ虚ろな目でカメラに写る収容所の人々。

saito 06

学生諸君から時折「先生が行った国の中で、一番よかったところはどこですか」あるいは「オススメの国はどこですか」という質問を受ける。また「食事のおいしかった国は(反対にまずかった国はどこ)」という質問も。

実際、返答に困ってしまう。順番などつけられない、というのが本当のところで「どこもよかった」としか言いようがない。食事についても、人それぞれ好みがあるのでこれもまたどこがどう、などと一概に言えないことはご理解いただきたい。

さらに「先生みたいに英語が話せれば私も外国に行きたいんだけどナ~」という学生さんたちに申し上げたい。あなた方は勘違いをしています。ボクは英語を話せません(だからといってフランス語やスワヒリ語がペラペラというわけでもありません)。じゃあ、海外に行ったときどうするのかって?お答えします。ボクの場合はまず「気合」、です!恥ずかしいとか、見栄を張ろうとするから口の開きが悪くなるんですね。そして「笑顔」。笑顔は世界共通・最強のコミュニケーションツールです。こんな顔でも笑みを絶やさず知っている単語に身振り手振りを加えればどうにかこうにか意思の疎通は図れるもの。人種や習慣、思想・信条が違ったところで所詮「同じ人間」であることに変わりはありません。人類皆兄弟!デス(笑)

saito 04

今ほど「海外旅行」が身近になった時代はないでしょう。言葉が話せないなんてことは然したる問題ではありません(勿論、話せるに越したことはないけれど)。初めての海外旅行に必要なものは何より君たち、あなた自身の気持ちです。行ってみたいという熱い思いと、見て、聞いて、知りたいという知的好奇心。ドキドキ、ワクワク、心ときめく物語が海の向こうにはたくさんあります。世界は刺激に満ちています。世界の国々は君たち若者を待っています。ステイホームを強いられてきたここ数年・・・・・・。だからこそコロナ収束の暁には、海外旅行に出かけてみてはいかがでしょうか。ささやかではありますが本学国際化委員会がそのお手伝いをさせていただきたいと思います。そして一日も早くその日がやって来ることを心より願っています。

注)国や地域によっては我々日本人が(その危険度によって)足を踏み入れることのできないところもある、ということは付記しておきたい。

(国際化委員会 齋藤 朗)