足跡のはなし

2021年が始まりました。帰省をあきらめた私の年末年始は、とにかく近所の公園でした。ほぼ毎日、5歳の息子と公園に出かけて砂遊びや木登りや隠れんぼ。今も公園通いは続いていて、朝、まだ人がいない時間にオニギリとお茶をもって出かけて、“朝ピクニック”をしてから登園することもあります。

朝早くに公園に行くと、地面にはたくさんのハトの足跡がついています。そんなにたくさんのハトがいるわけではないのに、公園一面といっていいぐらい縦横無尽に残る足跡。それを見るといつも「漢字の起源の伝説」を思い出します。中国には「蒼頡(そうけつ)」という四つの目がある神様がいて、地面に残された鳥や獣の足跡から漢字を発案した、そんな話です。

公園と鳩 ハトの足跡

確かに、ハトの足跡をじっと見ていると、なにかの文字のようにも見えてきます。それだけでなく「足跡」は「ハトの存在」を示しています。今はいないけれど、でもそこにいた。「足跡」が情報を伝える記号の役割にもなるわけですね。それは漢字(言葉)の役割と同じで、そう考えれば、漢字の起源の伝説もあながちウソではないのかもと思えてきます。ちなみに「歩」という漢字の古代文字は、左右の「足跡」が縦に並ぶカタチからきているのだそうです。

歩:古代文字

 足跡というか足形の話ですが、保育園や幼稚園で手形や足形をとることがあります。下の手形は当時2歳の息子が母の日に保育園から持ち帰ったもの。紙粘土に手を押し付けて周りを赤く塗っています。青い手形はつい先月、5歳の誕生日に保育園から持ち帰ったもの。並べてみると成長を感じます。2歳の頃の小さくて柔らかい手の感触を思い出したりもします。

このような、小さな粘土板に手形や足形を押したものが、縄文時代の遺跡からも見つかっています。「手形・足形付土製品」です。ヒモが通るような小さな穴が開いているものもあり、直接的な親子の関わりを示す最古の出土品とされています(写真は2018年の東京国立博物館特別展『縄文 ― 1万年の美の鼓動』の図録)。

手形② 手形①

縄文手形

1万年以上も前のこと、縄文人はなぜ手形や足形を残したのでしょうか。成人のお墓とされる穴から出土するため副葬品だろうと考えられていますが、どんな目的や意味があったのか。「子ども学原論」の授業で紹介したところ、「成長の記録ではないか」、「現代でいえば写真や動画を撮るようなことかもしれない」などのコメントがありました。答えはわかりませんが、この手形や足形を通して縄文人に少しだけ触れられたような気がします。

「足跡を残す」という言葉は、「成果を挙げる」とか「何らかの功績を残す」というような意味で使われます。それがなぜ大切なのか。私は、残された足跡から学ぶことができるからだと考えています。その場にいなくても、同時代を生きなくても、その足跡をたどり、「残された痕跡」から学ぶことができる。痕跡を介して先人に出会うことができる。もっといえば、見えないものを見ることができる。

正岡子規に「その人の足跡ふめば風薫る」という句があります。松尾芭蕉が歩いた「奥の細道」を辿る旅にて詠まれたものだそうです。ここでいう「足跡」とは、先人の旅路であり、人生であり、芭蕉が詠んだ句のことでもある、私はそのように受け止めていて、これは「芭蕉が残した痕跡」を通して芭蕉と出会えた喜びを詠んだものなのではないかと想像しています。

ところで、鳥獣の足跡をみて漢字を発案した蒼頡です。この神様は四つの目を持っていたとされるのですが、なぜ四つなのでしょうか。そのうちの二つが肉眼であるとすれば、残りの二つはなんなのか。何を見るための目なのか。そんなことを考えて面白がっているのですが、皆さんはどう思いますか。私は勝手に「痕跡を読み解く目」=「見えないものを見る目」の象徴なのではないかと考えています。

では、私たちはそんな「見る目」をどうすれば手に入れられるのだろうとか、痕跡の残し方とか、「足跡のはなし」はまだまだ続くのですが、それはまたいずれあらためて。皆さんは新たな一年をどのようにスタートしましたか。自分なりの一歩一歩を確かに重ねていけますように。

(川口陽徳)