『君知るや。』

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あけおめ!と言いかけて、ふと思いました。松の内も過ぎ新年に交わされる挨拶もそろそろ鮮度が落ちてきましたね。気の抜けたコーラみたいだ。でも敢えてひとこと。今年こそはコロナも落ち着き、私たちに『日常のくらし』が戻ってきますように!政府による「緊急事態宣言」が再び発出されましたが、こんなことが永遠に続くわけではありません。必ず光が見えてきます。それまで一緒にがんばりましょう。

さて、英語教師のハシクレである筆者は年末年始のこの時期に毎年英語の入試問題を作成するのですが、遅々(ちち)として捗(はかど)りません。散らかった部屋を片付けようとするとついつい古雑誌のクダらん記事を熟読してしまう。原稿の締め切り直前に限ってYouTubeで「鼻にたまった角栓を取る」動画を延々と観てしまう。芥川龍之介の『鼻』という作品、国語の教科書とかで読んだことあるかな?芥川はこの動画をヒントに禅智内供(ぜんちないぐ)というキャラを描いたに違いない(?)。。。などと我が妄想は果てなく拡がっていく。

筆者も人の子、この種の「逃避行動」が習い性となってしまったようです。

作問のヒントにと部屋中に積み上げた、古い学習参考書の数々は筆者の居住スペースをだんだんと浸食しつつあります。「古い」といってもハンパなく、明治・大正期から昭和期前半ぐらいのブツもあります。筆者が大学生のころから神田神保町の古書店街に通いつめ、一点一点集めたこのコレクションはまさに「我が青春の宝」です。

たとえば山崎貞という著者による英文解釈の参考書。大正の初めに出版され、その後版を重ねに重ね昭和50年代くらいまでは書店の学参コーナーの一角を占めていました。恐らく参考書としてはご長寿ナンバーワンでしょう。この例文がなんともレトロで趣(おもむき)があります。「最近東京や横浜では人力車にゴムのタイヤが用いられるようになった」だと。

旧制中学に通う坊主頭のボーヤが、そして卒業式のレンタル衣装みたいな服装の女子学生が、英語と懸命に格闘している姿が目に浮かびます。ちなみに現在の短大・大学の卒業式で多くの女子が着る衣装は明治・大正期の女子学生のコスプレだって知ってたかな?幕張のコミケではセーラームーンやスーパーガール、ワンダーウーマンの格好でカメラ小僧に囲まれご満悦のカノジョでも、この日だけはお淑(しと)やかな大和撫子(やまとなでしこ)にヘーンシン!

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明治・大正の女子学生

まあとにかく、山崎先生の本は間違いなく名著でした。ある程度の学力を持った学習者がこの本を熟読すれば、辞書を引き引きながらかなり複雑な英文を読めるようになったことでしょう。

なおも懲りないグータラ教師は古ぼけた参考書を眺め続け、中途半端で非生産的な時間がダラダラと流れていきます。こんどは明治期後半に出版された古書を数冊、書棚から取り出しました。東郷平八郎元帥率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に完勝し、白色人種による支配体制に風穴を開けた時代です。国民的作家、司馬遼太郎が『坂の上の雲』で描いた世界だね。

ここでトリビアをひとつ。日本海海戦の名参謀、秋山真之は英語の達人でした。なんと『海軍英文尺牘(シャクトク、あるいはセキトク)文例』(水交社:明治36年)という、海軍軍人向け英文手紙の参考書を出版しているのです。「尺牘」とは手紙のことです。ページを繰っていくと「滞英中ノ厚遇ヲ謝スル文」という題の英文手紙の文例が掲載されています。堂々とした英文です。当時の帝国軍人の教養の高さは筆者の想像を超えていました。

こうして白昼夢のような行為に耽(ふけ)るうち、ある古書で次のような設問に筆者の目が留(と)まりました。どうだい、21世紀の令和に生きるキミも挑戦してみないかい?

以下ノ空白ニ入レルベキ適語ヲ選ビナサイ

I (   )to the Imperial Palace, which is located on the former site of Edo Castle.

(私は皇居に行きましたが、そこは以前江戸城があったところです。:柳浦訳)

イ) to go  ロ)went  ハ)have gone  ニ)goes  ホ)going

正解は。。。もちろん ロ)went だよね?

でもね、英語を母国語とする幼児が goed と言ってしまうことがあるんだ。これは明らかに正しくない。周りの大人たちがこんな語形を使うはずがありません。ではなぜこんな「間違った」カタチを思いついたのか?じつはこういった幼児の行動、言い間違いには言語習得の秘密が隠されているのです。

幼いこどもは自分の周囲で使われるコトバを注意深く観察し、乾いたスポンジが水を吸い込むように新しい言語を習い覚えていきます。幼児でもバカになりません。今までに聞いたことのある数々の表現から規則性を発見し、その応用を試みるという『帰納と演繹』のプロセスがアタマの中では進行しているのです。高度な知的活動です。

live はlived、 like はliked だったな。love は loved、そんでもって enjoy はenjoyed だったっけ。終わりが [t] とか[d] ってなってるぞ。じゃあ go は? goedかな?え~い、言っちゃえ!

このような幼児の言語習得の過程は1970年代以降に『中間言語』と名付けられ、世界の専門家の間で注目されるようになりました。「中間」とは「完成形」に至る前の段階、ということです。筆者は大学で応用言語学という、言語の習得に関する分野を学びました。ちょっとした幼児の言い間違いにも、ことばを獲得するための「理合い」が潜(ひそ)んでいるのです。

しかし「事実は小説より奇なり」といいます。これより遙か昔、そう、先ほど触れた日本海海戦のころ、自らの英語習得の経験から同様の認識に至った日本人がいました。齋藤秀三郎という英学者です。この先生の『齋藤英和中辞典』や『齋藤和英大辞典』はデジタル化され家電量販店やアマゾンで購入することができます。ネットで英単語を検索すると上位ヒットするWeblio というデータベースでも、これらの辞書からの用例を頻繁に見かけます。出版から100年経ってもその価値を保ち続ける英語の辞書を、筆者は他に知りません。

この先生は明治期の旧制中学の生徒を対象として多くの英語副読本を編纂していますが、その序文で自らの英語習得について、核心的な部分を語っています。

私は(英文を)よく見て、考え、観察し、そこから法則性を引き出した。英語が私にとってひとつの言語となるまで。スコットやディッケンズ、サッカレーなどの作家が私に理解可能のコトバで話しかけてくるまで。

(JUVENILE LIBRARY 興文社  明治42~43年(1909-1910)序文より:原文は英語のため柳浦超訳)

まず学習者が英文そのものをよく観察し、そこから規則性を引き出してくることによって言語の規則が内在化される。天才ならではの深い洞察力を垣間見た思いがします。

また、先生は辞書や副読本だけに留まらず、多くの英語の教科書を編纂し、日本の英語教育の近代化に大きく貢献しましたが、そこには先生ご自身の学習体験が活かされていたのです。印欧語圏のドイツ人やオランダ人が英語を学ぶのとは違い、日本語と英語とでは語彙や文構造が大きく異なります。このギャップを埋める、注目すべき言語現象のチェックリストが中学や高校で学ぶ学習文法なのです。齋藤先生ご自身による英語習得のプロセスを学習者に追体験させようと、教材のカタチに落とし込んだ著作の数々。これが近代日本における、学校英語の事実上の出発点となりました。

ここでキミに英語学習のコツをひとつ伝授しましょう。

自分の語学力に見合った詳しさの総合英語の参考書、それもあまり厚くないものを選び、とにかく通して読んでみよう。まず最初に各章の練習問題を解いてみます。7~8割ぐらい正解するところはざっと読み、正答率が低い部分の説明は精読しましょう。これは『うい山ぶみ』という国学書で本居宣長が初学者に勧める勉強法を筆者なりにアレンジしたものです。

中学の教科書はまだ手元にあるかな?以前のブログで紹介したように、ひたすら音読しましょう。見覚えのある、すでに「知っている」と思っていた単語にも知らない用法があるものです。知っている語義で「辻褄(つじつま)が合わない、違和感がある」と感じたら面倒がらず、こまめに辞書で用例をチェックしましょう。

コロナ禍で思いがけずできた時間を活用し、集中してみよう。運命の歯車が動き出すかもしれません。筆者の経験からすると、1~2ヶ月の間集中することができればその先の学習が大きく変わります。ポカポカした冬の日だまりでも、虫メガネで光を集めればボッと火がつくでしょう。そしてその火を大切に育ててゆけば、やがては天を焦がす炎の柱ともなるのです。若いときの集中がその後の人生を変えることだってあるのです。

Not to change the subject(ところで)、年明けに筆者は夢を見ました。初夢かな?

場所はどうやらN木先生の研究室。先生はゆるキャラ的人気で女子学生にモテモテです。廊下で学生に囲まれ楽しそうに話している様子を見かけるたび、筆者はちょっと羨ましく思います。また先生は吉永小百合という昭和のアイドルは「トイレなんか行かない」といまだに信じる「サユリスト」の生き残り、まさに絶滅危惧種です。そういえば『宇治拾遺物語』の「平貞文、本院侍従の事」に恋い焦がれた女性を諦めるため、その人の排泄物を見ようとした男のハナシがありましたな。オトコというのは幾つになっても純情な生き物なのです。ねっ?もっともこのセンセイ、最近では有村架純にもご執心のご様子です。オトコの浮気癖もまた万古不易(ばんこふえき)の理(ことわり)と申せましょう。バームクーヘンや大福、甘いジュースがお好きなところもご愛敬です。まあクレヨンしんちゃんの60数年後の姿、とでもいえば当たらずとも遠からず。

そのN木研究室でアブラを売っていると、ドアをノックする音が。2人の女子学生が入ってきました。質問でも相談でもなく、ただ暇(ひま)をつぶしにきたようです。とりとめもないおしゃべりの途中で、片方の学生が「イエスタデイってどういう意味?」と言い出しました。「なにソレ?」どうやらもう一方の相棒も知らないようです。

するとそこでN木先生が割って入ります。

「キミたち、ビートルズって知ってる?」

おおっ、これは落語だ。八つぁん、熊さんの世界だ。筆者はホッコリ幸せを感じました。

「コレでいいのだ」

バカボンのパパが耳元で囁(ささや)く声が聞こえてきました。(by 柳浦)

注) 蛇足ながら説明しておこう。ビートルズとは1960年代から70年代にかけて活躍した、イギリスの音楽グループです。その代表的な楽曲のひとつが「イエスタデイ」でした。当時の日本ではビートルズに触発された「グループサウンズ」が次々と誕生し、一世を風靡(ふうび)しました。