機械とコミュニケーション

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機械とコミュニケーション後期の授業が無事スタートしました。間隔を空けて座ったり、アクリル板を設置したりと、制約はあるものの、90分の通常授業をがんばっております。
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わが家では、ここ数年夏はトマトを作っています。「つる」のように枝が伸びるので、それを支柱に結び付けるのと「水やり」くらいで、適度に実がつくので、サラダには十分です。花や実を見て癒やされながら、次は機械ともコミュニケーションをとるという勉強のお話です。

今年の2年生のゼミでは、遠藤薫著「ロボットが家にやってきたら… 人間とAIの未来」(岩波ジュニア新書)を読んでいます。機械やロボットの歴史、西欧、日本それぞれの文化の中での機械やロボットの位置づけの違いなどを勉強してきました。さらに、人とロボット/人工知能(AI)の将来の進む方向として、人とロボットや人工知能が助け合って新しい社会を作る方向、人とロボットや人工知能が互いに融合していく(例えば臓器移植や再生医療)方向の2つが示されています。コロナ禍の中、AIだ、デジタルだといわれていますが、もちろんこれらをもってすべてが解決、明るい未来というわけではありません。

ところで先端では、「説明できるAI」という研究が進んでいるという。動物の写真を見せて、それが犬か猫かを判定する機械の開発を例に考えてみましょう。多数の写真を機械に見せて判定させ、1枚ごとに正誤を教えていくと、最初は間違いが多くても数千万回繰り返し学習させれば、正解の率は非常に高くなるそうです。しかし、機械がその写真からなぜ犬と判断したのか、猫と判断したのかは、一般にはブラックボックスの中というのが現状です。そこを「~だから犬と判定した」と機械が客観的に説明できるようにしようというわけです。

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そのような記事を読むと、つい「いたずら」をしてみたくなる。短大のエントランスにあるサーマルカメラの前に立った時、マスクをしていないと体温の測定の前に「マスクをしてください」と注意される。何を見てマスクをしていると判定しているのか、余計なお世話と、手で口を覆ったり、ハンカチで口元を押さえたりして、機械の反応を楽しんでいる次第です。(by 西川)