『一期一会。』

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「兄ちゃんどこぞら来たん?東京?さいでっか。こっちにコレ(と小指を立てる。カノジョのこと。)でもいんねろか。それにしてもええカラダしとんの、柔道か剣道の先生?ああ、カラテか。えろうゴッツいわ、そのゲンコ。そんなモン喰ろうたら死んでしまうわ。ビール飲む?購うたるわ。まっ、遠慮せんでもイイから。ワイはね、ガキのころ集団就職でこっちに来たねん。あれからもう50年以上経ってしもた。(時が経つのは)早いもんやね。」

ここは大阪のシンボル、通天閣からほど近い西成地区、通称「釜ヶ崎」。昭和30年代後半から40年代にかけての高度成長期に、日雇い労働者の生活圏として賑わった街だ。時代は昭和から平成、令和へと移り変わり、真新しい高層ビル、あべのハルカスを間近に望む立地ながら、「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所が密集する眺めは当時の面影を色濃く残している。

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近ごろ博物館の特別企画でよく見かける「昭和の暮し展」。これは確かに素晴らしい。小学校の社会科見学ではお薦めのコースです。几帳面(きちょうめん)に展示された生活用品の数々や映像資料には、企画の段階から関わるスタッフの熱い想いが感じられます。その努力を認め、高く評価するに決して吝(やぶさ)かではない。しかし欲を言えば、こういった展示から垣間見える「過去の暮らし」には、やはり何かが足りないのです。落語『目黒のサンマ』で殿様に供される、脂をすっかり抜き小骨までも取り除いた、上品なサンマのようだ。「生きた昭和レトロ」、「動態保存された過去」をこよなく愛する筆者にとって、西成界隈(かいわい)はまさに「世界遺産、天然保護区域」だ。畢竟(ひっきょう)サンマは、じゃなかった、昭和の暮しは、釜ヶ崎に限るぞよ。庶民のホンネという、清濁(せいだく)混然一体となったアブラ。これが旨いのじゃ。

この街に一歩足を踏み入れると、そこには昭和という、異次元空間への入り口がポッカリと口を開けている。タイムスリップとはこういう感覚なのか。映画『三丁目の夕日』のセットかと見紛(みまが)うほど、いい感じにくたびれた映画館。ここでは今日(こんにち)でも高倉健の任侠(にんきょう)映画や松山容子のお姫様時代劇、古びた日活の成人映画などが当たり前のように繰り返し上映されている。おおっ、嵐寛寿郎主演『明治大帝と乃木将軍』(1959年:新東宝)は本日ロードショー。美保純だって?今では国営放送のドラマにも出演する女優さんです。時は流れた。

誰が観るんや。賞味期限の切れた超絶レトロな映画なんて。しかしながら、この地を幾度となく訪れるうち、あたかも闇に目が慣れていくように、少しずつ実態が浮かび上がってきました。ここ西成で暮しを営む無辜(むこ)の民。この人びとの、ありのままの生き様(ざま)。年季の入った映画館の暗がりは、いつしかある目的や関心を分かちあう、「課外活動の集会所」へと変容していたのです。さまざまな「仲良し倶楽部(クラブ)」のお友だちが集(つど)い、思い思いの「部活」に励んでいます。家族や友人も知らない、いや誰にも知られたくない、暗闇に守られたヒミツのひととき。

ある映画館では同世代の異性との出会いを求め、多くの高齢者が通ってきます。石原裕次郎を「裕ちゃん」と呼び、歌声喫茶で肩を組みロシア民謡や反戦歌を歌った若き日々。そのひとコマひとコマが脳裏に甦(よみがえ)るのだろうか。またある映画館はLGBTの人たちのハッテン場(ば)として、知る人ぞ知るホットスポットだとか。ハッテン場とは「同じ嗜好(しこう)を持つ仲間との関係が発展する場所」、つまりその世界に生きる人たちがパートナーを探す場所です。

世間の常識や規範に縛られ、普段は無意識下に抑圧している「ホンネ」。でも本当は誰もが持つ欲望。生きがい。それを肯定し、そのまま受け入れてくれる懐(ふところ)の深さ、優しさがこの街にはあるようだ。高齢者がデイサービスで童謡を歌い、お遊戯しているだけで満たされるワケないだろ。周囲の身勝手なステレオタイプ、紋切り型の「思い込み」を押しつけられ、付き合わされているように見えてしまう。自分もやがては辿(たど)る、老いへの道。他人(ヒト)事ではない。

筆者はLGBTではありません。でも分かります。「性的少数者」として、時には世間の偏見に遭いながらも、そのようにしか生きることのできない不器用な人たち。己(おのれ)の「業(ごう)」と真摯(しんし)に向き合い、ささやかな幸福を追い求めているだけのことだ。価値観が、世界観が違うというだけで蔑(さげす)み、好奇と嫌悪の入り交じった色メガネで見ることだけはするまい。戦前に流行(はや)った見世物小屋の名物「ヘビ女」や「達磨娘(ダルマむすめ)」じゃあないんだ。

少し歩いて立ち飲み屋の暖簾(のれん)をくぐると、そこは酔っ払いのワンダーランド。YouTubeで見覚えのある、昭和30年代ごろの景色がそのまま眼前に立ち現れる。ダンディな常連のオッチャンご登場。この御仁、カウンターでおもむろに注射器を取り出す。えっ、元アイドルもハマった、あの「白い粉」?いえいえ、さすがにソレはないでしょ。インシュリンです。コイツをハラに打ちながら酒を飲むんだ。顔見知りと大声で話している。競輪の話だ。これまた年期の入った店長との掛け合いは吉本新喜劇そのもの。大阪のお笑いや演芸って、こういう日常の生活感情が話芸の域にまで昇華されたアートなんだね。

さて、ここ「釜ヶ崎」の安宿(やすやど)も近ごろはだいぶ様変(さまが)わりしました。外壁や内装をリフォームし、清潔で快適。無料のWi-Fiもあたりまえ。国際化が進み、外国人バックパッカー向けに多言語のホームページを開設しているところさえある。せやけどなお隠しきれへん、元ドヤというその素性。ええオンナを気取っても、ついついお里が知れる、場末のスナックのママさんみたいや。たるんできた下っ腹や太ももはAmazonでポチった補整下着で完全武装。ジニエって知っとりまっか?気分は佐藤仁美やねん。脂肪吸引と顔面リフトアップ、美熟女の嗜(たしな)みやで。トドメに1本6万円のボツリヌス菌もお注射します。税込み保険適用外でっせ。せやねんけど顔面になお残る、憎っくきシワのミゾ。これでもかぁ!とばかり、美肌クリームを親の敵(カタキ)のように塗り込んでいくねんな。その執念、ほんまにすごいねん。行燈(あんどん)の油をペローリと舐(な)める、入り江たか子の化け猫もかないまへん。ほんでな、昭和40年代の和田アキ子を思わせる、ヅラのように存在感のある付け睫毛(まつげ)。安っぽい香水の臭気(しゅうき)と混じり、辺りに漂う「おババ感」。不毛かつ痛々しいその拘(こだわ)り、若いコに好かれとうて、無理を重ね喜劇を演じる「ヘンなおぢさん」、ワイといえども脱帽するしかあらへん、白旗や。どないにきばっても追いつけまへん。エヘン、エヘン。コニャニャチハ。綾小路きみまろの十八番(おはこ)、毒舌漫談(関西弁β版)なのだ。これでいいのだ。(バカボンのパパ風に。)

まっ、とにかくそんな元ドヤの風呂場であの「オッチャン」と出会ったのはクリスマスを目前に控えた、昨年の年の瀬のことでした。

深夜に浴室のドアを開けると先客がぽつりと一人。背中一面を覆う「お絵かき」が真っ先に目に飛び込む。見事な昇り龍。新世界で看板を見かけたっけ。高倉健の映画の世界だ。シンデモライマス。不思議と恐怖心はない。ここで踵(きびす)を返してしまうのもナンだな、マア何事も経験だ、混浴しちゃえ。ハラを括(くく)り、そのまま歩を進める。見知らぬオッチャンと二人っきり、そんなに広くもない浴槽で湯にカラダを浸す。あ~、気持ちよか。ふとオッチャンの方に視線を向ける筆者。あれ、片方の小指が短い。おおっ、リアル業界人だ、こりゃ。

その刹那(せつな)、筆者の胸には混沌(こんとん)としたイメージの塊(カタマリ)が堰(せき)を切ったように流れ込む。リッター2キロも走らない、大排気量のキャデラック。果てなく続くネオンの海。ハバナの葉巻とブランデー。香水と汗の混じった匂い。オンナたちの嬌声(きょうせい)。電柱に隠れる黒い影。こりゃ幻覚だ、クスリのせいだ。そして男たちの喚(わめ)き。血の匂い。洗い髪の残り香(が)。深い哀しみ。

脱衣室の外で涼んでいると、「お絵かき」のオッチャンが話しかけてきた。そのごく自然な雰囲気につられ、いつの間にか会話が始まる。テレビの深夜バラエティを眺めながら出演者の発言にツッコミを入れるうち、話題はいつしかオッチャンの生い立ちに及んでいく。

北九州の筑豊炭田で生まれ育ったオッチャン。父親は炭鉱で働き稼ぎも良かったが、飲み屋でのケンカで刺され、あっけなく死んだ。四十九日の忌(き)も明けぬある日のこと、学校から帰ると母親がいません。パート先で知り合った年下のオトコと蒸発したらしい。頼る親戚もなく、天涯孤独(てんがいこどく)となった少年は中学卒業と同時に集団就職で大阪へと向かいます。

最初の勤め先は大阪市内の洋食店。そこで先輩のイビリに耐えかねて店を飛び出し、その後は職を転々とします。4回目の転職でようやく小さなクリーニング店に落ち着いたかと思いきや。。。人当たりがよく近所で評判の店主も、一皮むけば表裏の激しい専制君主。過酷な仕打ちにハラを据えかね、ついに手元のアイロンで殴りつけてしまった。当たり所が悪く店主は片目を大怪我、少年院へ送致処分となったジャリ(悪ガキのこと)一匹。もはや集団就職組の落ちこぼれ。ここらから人生の歯車が狂い始めます。

出所しても職は見つからず、だんだんヤケになってくる。盛り場をウロウロと徘徊(はいかい)しているうちに悪い仲間もできました。面白半分に万引きやひったくりを繰り返す毎日。内心悪いとは思うものの、他に何のあてもない生活がダラダラと続きます。そしてある日のこと、盛り場の片隅で小遣いをくれる「優しいニイサン」と知り合うことに。これが運命の分かれ道となりました。ニイサンに勧められるまま、関西方面で大きな勢力を誇る某団体の下部組織で杯(さかづき)を受け、その身内となったのです。

それから後は言わずもがな。待っていたのは、刑務所と娑婆(シャバ)との間を行き来する先の見えない人生。高倉健の任侠映画の世界とは大違いでした。「業界人」の汚い手口に嫌気がさすも、もはや他に居場所もない。こんな自分を受け入れてくれる人たちもいない。ベタな言い方だが、後悔先に立たず。覚めない悪夢。絶望の日々。

天網恢々(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏(も)らさず。ついには壊滅的な出来事がオッチャンの身に降りかかりました。シノギ(商売)で扱う違法薬物。その乱用で同居する女性が急性中毒となり、帰らぬ人となったのです。救急車も間に合いませんでした。鏡を覗くと、人生の微(かす)かな希望さえも打ち砕かれ、生きる屍(かばね)と化した哀れな男の姿がありました。本人も「これだけは堪(こた)えた、しんどかった」と述懐します。でもこれも自業自得。このドン底から心機一転、今度こそ堅気(かたぎ)となり、生涯をかけてこの女性の菩提(ぼだい)を弔(とむら)う決意をしたといいます。

紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、かの世界からやっとのことで抜け出したオッチャン。職もなく途方に暮れるダメ男に、フトしたきっかけから救いの手を差し伸べたのは、ネオンのジャングル、風俗業界の異端児、H氏でした。戦後の混乱期から裸一貫、キャバレーの全国チェーンを一代にして築きあげたこの男、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人物ではあるが、松下幸之助や本田宗一郎らと共通する「潜在意識の底力」を持った傑物です。『西国立志編』の訳者、中村正直(まさなお)はこういう気概を持った日本人がひとりでも多く輩出することを願ったに違いない。

もう後がない。一心不乱に働いたかつての落伍者は、やがて眩(まばゆ)いネオンの世界で「のらくろ」的昇進を重ねます。ライバル店とのデッドヒートを制し、快進撃は続きました。退職するときには複数の店舗を管理する、エリアマネージャーの職を任せられるまでに。獅子奮迅(ししふんじん)とはこのことか。

そして現在(いま)。オッチャンはあるボランティア団体の一員として、薬物依存の人たちの社会復帰を支援しています。内部の実情を知るだけに、その手腕は他の追随を許しません。社会に大きく貢献しています。どれだけのイノチが救われたことか。他に代わる人のいない、オンリーワンです。

「ありがとね」となぜか筆者に礼を述べ立ち去るオッチャン。ふと目についた、薬指のリング。亡くなった女性との思い出に違いない。この柔和な顔立ちの男性とはもう二度と会うこともないだろう。でもいったいなぜ、行きずりのアカの他人にここまで過去を曝(さら)け出す気になったのだろう。誰でも良かったんだろう、きっと。ただ誰かに聞いてもらうことで、心の中にわだかまる「何か」をリセットしたかったのかもしれない。

『名もない庶民でも、虚心坦懐(きょしんたんかい)に耳を傾け、よくよくその語るを聴けば、そこには一冊の書籍となるほどの物語(ストーリー)が秘められている。』

民俗学の泰斗(たいと)、宮本常一の精神です。オッチャンの語り、濃い一冊になることやろ。映画だって出来るわ。ホンマに。

死んだあと、地獄のエンマ様に堪忍(かんにん)してもらえるとええなあ。

翌日の昼近く、軽い二日酔いでフラつくアタマを抱えつつ目覚める。迎え酒でもいっちゃおか。近所のラーメン屋に入ると、お店のオバチャンからの思いがけないひとことに軽い衝撃を受けました。

「あっ、今日はね、もうお店はオシマイや、閉店やから」だと。

店内を見渡すと何人ものお客がいるじゃないか。一瞬の沈黙のあと、オバチャンの真意にフト気づく。そうか、ホームレスだと思われたんだ!ヨソ者ではなく、地元の一員として認められたようで、なんだか楽しい。ついついニヤけてしまう。

よーし、今晩は三角公園近くのカラオケ居酒屋で中国のオナゴを相手に試してみるで。ワイもな、またホームレスに間違われんねろか?ヒャッハー!(by 柳浦)

注)のらくろ:昭和6年に開始した人気マンガの主人公。野良犬で色が黒いことから「のらくろ」と呼ばれる。犬の軍隊「猛犬連隊」に入隊し、次々と手柄をあげて昇進していく姿に戦前の軍国少年は大興奮。原作者は田河水泡(たがわすいほう)だが、平成元年に「のらくろトリオ」(山根青鬼、山根赤鬼、永田竹丸)が執筆権を継承し、実は現在も続いているのです。『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』も到底及ばない、超絶ロングセラーです。

筆者あとがき

今回は夏休み特別企画(のつもり)、やや長い読み物です。ブログ中には「のらくろ」以外にもさまざまなキーワードが散りばめてあります。「目黒のサンマ」「松山容子」「歌声喫茶」「見世物小屋」「達磨娘」「入江たか子」「筑豊炭田」「集団就職」「天網恢々疎ニシテ漏ラサズ」など。。。敢えて解説を加えていないため、読者は見慣れぬコトバの羅列(られつ)に戸惑ったかもしれません。さらには『明治大帝と乃木将軍』、『西国立志編』など、古い映画や明治時代のベストセラーまで出てきましたね。また「高齢者問題」や「性的少数者」への差別も私たちの社会では無視できない現実です。(法務省人権擁護局のサイトはこちら: http://www.moj.go.jp/JINKEN/LGBT/index.html )民俗学の宮本常一先生にも少しだけ触れています。ちょっとでも「面白そう」と思ったら、これらのコトバを調べてみよう。そこから広大無辺、果てなく続く「知の世界」が眼前に拓(ひら)けてくるかも。筆者からの、「夏休みの課題」です。ナニ?宿題キライってか。まっ、「コロナ自粛」の混乱が収まるまで、暫しの(しばし)の「ヒマつぶし」ってことで。(了)