『エラい人。』

鹿鳴館

う~っ、暑い。筆者のようなデブにはキツいね、夏ってのは。高校野球@甲子園はコロナのためにお休みだ。青森のねぶた祭りや両国の花火大会など、各地の歴史ある夏祭りや花火大会も「中止」や「検討中」の知らせが続きます。いつもとは何かが違う、「非日常感」が空間に漂います。それでもお天道さまは普段と変わらず東から昇り西へと沈む。スズメはチュンと囀(さえず)り、ネコはニャンと鳴く。夕方の公園ではアベック(コレ、もはや「古語」。カップルの意なり。)がイチャイチャしとります。

「アナタたちっ(怒)、何ですハシタナイ!そんなにくっついて!コロナやで。それ『密』やろがぁ!」

遠い昭和の昔、一世を風靡した懐かしの学園青春ドラマの劇中ならば、「名脇役」富士真奈美女史演ずるメガネのオバさん教師が怒声をあげるところだ。後期高齢者「御用達」の青春映画『青い山脈』吉永小百合バージョン(1963年:昭和38年)で登場する、「貞淑女子高等学校」風紀係の先生もさぞやご立腹のことでしょう。

コロナ対策のマスクを着用して長く話していると息が苦しいのなんの、アタマがボーッとなり、こんな「幻覚」が脳内を巡ります。フハッ!(水木しげる風に)死ぬかと思った。「息(イキ)」は「生き(イキ)る」と語源的に同根だってことが実感できます。

妄言多謝。

冷房の効いた部屋で正気を取り戻したところで、今回筆者が紹介する「我が青春:この一冊」は「ケーベル博士随筆集」(久保勉 訳編、岩波文庫 1928年)だ。発行年を見てくれ。1928年ってことは、え~と、昭和3年だね。超古いよね。アメリカ初のサウンド付アニメ映画『蒸気船ウィリー』が封切となり、ミッキー・マウスが初登場した年だそうな。

明治の初期に創立された、日本初の近代的大学といえば「東京帝国大学」です。泣く子も黙る、天下の超名門「東京大学」の前身だ。ここに「お雇い外人」教師として招聘されたのがドイツの哲学者ケーベル博士でした。

ケーベル博士 ケーベル博士

「エラい」という語は「苛(イラ)」という、植物の棘(とげ)に由来し、「イライラする」という語句と同根だという説があります。「知の巨人」故・渡部昇一上智大学名誉教授のご指摘によると、「エラい人」とは「他人が不快でイライラするような正論を吐く人」とも解することができるそうです。ケーベル博士はこの意味ですご~く「エラい」人でした。東京帝国大学で教鞭を執る「天下の秀才・洋行帰りの大学者」たちを酷評してケーベル先生はフルスロットル!毒を吐きまくります。

「コイツらみたいに西洋の学問の杯(さかづき)からチョットだけ啜(すす)ったような輩(やから)が一番始末に困るんだ!ホントにバカ!バカバカ、超絶バーカ!こんなヤツらのために木を切り倒し校舎を建てるなんて、一種の環境破壊だよ。」(文体が古いので筆者による『超訳』です。)

これって、ひょっとして白人の有色人種に対する「人種差別」?誰もが思うだろう。鹿鳴館時代のこと、着飾った日本人カップルが鏡をのぞくとそこには「猿」の姿が映し出される。ジョルジュ・ビゴーの風刺画です。この「底意地悪い」光景がふと脳裏をかすめる。あ~、不愉快だ!まったく!日本史の教科書で見たことあるよね?

鹿鳴館 ジョルジュ・ビゴー 作

「ロクメイカンってナニ?」というキミのためにチト解説しとこうか。諸外国との不平等条約を改正するべく、その環境作りの一環として明治政府は「鹿鳴館」という洋館を建てました。そこで夜な夜な(よなよな)エブリナイト、ヨーロッパ風の舞踏会を繰り広げたのです。「日本はもう文明国だよ!信用してくれ!」との意図を込めた、必死のアピールでした。まだ西洋の社交ダンスを知らない芸者上がりの女性が着る、バックリと開いたドレスの背中からはお灸の跡がのぞいていたとか。

そういえば、『猿の惑星』っていう、1960年代のSF映画知ってるかな?アメリカの有人宇宙船がある星に不時着すると、そこは猿が人間を家畜のように支配する『禁断の惑星』だった、という設定だ。原作者はフランスの小説家ピエール・ ブール。この人は第二次世界大戦中、フランス領インドシナで日本軍の捕虜となった経験の持ち主だ。「自分たちより劣った民族であるはずの日本人に、優越した白色人種である自分が支配される」という「驚天動地、あり得ない経験」のトラウマがこの作品の執筆動機となった、との説もある。ひょっとして。。。

いやいや、我らがケーベル博士はそんな偏見に囚われる「薄っぺらい」人間ではありません。当時のヨーロッパ最高の教育を受け、「筋金入りの知識人」だったケーベル先生は旧幕府時代に漢学を学んだ日本人教師に対しては「本能的」に溢れるほどの敬愛の情を示すのでした。不思議なことに、ケーベル先生は帝国大学での同僚だったこの漢学者たちとは言葉もろくに通じなかったといいます。

「世間で認められようと、大声で自己アピールしているバカども、外に向かって吠え続ける愚劣極まりないアホどもと比べ、旧幕府時代の学問を修めた人たちの高貴な人格はホントに素晴らしい!これが本物の人間だね。愚かな虚栄心や自負心を超越した、一流の人に接しているって実感するよ!」(筆者『超訳』)

ケーベル先生が敬服した、当時「日本最高の知性」の一人は「根本通明」という漢学者でした。世は徳川から明治へと移り変わっても相変わらずチョンマゲをつけ、だぶだぶの背広を着た根本教授はまさに「骨董品」だ。古代魚「シーラカンス」みたいな存在です。「黒い色の、短い、しかし非常に重い鉄の笏(しゃく)を携えていたが、その用途は私にはついに一つの謎として残った」(ケーベル博士:談)というのは「鉄扇」のことでしょう。これは武士が護身用に持つ、扇の形をした鉄製の武器だよ。

こんな『超絶レトロ』な老人の、どこがスゴかったのか?

人としてこの世に生を享(う)けたなら、『食欲』や『性欲』のないはずがありません。もし「ワタシそんなこと考えたことな~い」というヒトがあれば、常習的作話症(要するにウソつき)か器質的疾患(肉体に異常がある)に違いない。どちらにしてもビョーキです。お医者さんに行きましょう。同様に、人間ならば誰だって「自分って人として価値があるんだ!」と思いたいでしょう。信じたいでしょう。この願望を『自己承認欲求』と呼びます。この『欲』の満たしかたによって、その人の『品格』が決まってくるのです。根本先生の場合、生き様(ざま)が浮き世離れしている。気高い。そしてその理由は旧幕府時代の漢学のあり方と深く関係していました。

漢学修行はまず「素読」から始まります。文章の意味が分からなくても、ひたすら音読するのです。「論語」を含む、「四書五経」を理解することには価値がある、という社会的合意があればこそできるのかも知れない。とにかく、こどもの頃から何年もかけて素読を続けるのです。

たとえば、「論語」にこんなコトバがあります。

『学而不思則罔 思而不学則殆』

この難解な、ワケのわからん漢字の羅列には「書き下し文」という、原文に密着した「日本語訳」がセットとなっています。漢字の行列を前後に行き来しながら、こどもたちはこの「ヘンな日本語」を大きな声で「合唱」します。江戸時代の塾や寺子屋での日常だ。話し言葉とは異質な言語表現を意味も分からず繰り返し音読するうちに、こどもたちの脳内には少しずつ「化学反応」が始まります。

「マナビテ オモワザレバ スナワチ クラシ オモウテ マナバザレバ スナワチ アヤウシ」(新仮名遣いにしてあります:筆者)

やがて「薄紙を一枚、一枚と剥(は)がしていくように」意味内容がジワーッと浮かび上がってきます。

そうか、「本を読み人から話を聞いたとしても、自分のアタマでよ~く考えないと意味ない」ってことか。「自分で何か考えたとしても、読書などを通じて先人の英知に触れなければ、独り善(よ)がりの妄想に終わっちゃうかも」ってことか!

こういった「気付き」の数々が、あたかも溶液中の微粒子がゆっくりと沈殿していくが如く、ひとつひとつ、じっくりと時間をかけて自らの意識下に堆積していく。この誠実な営みを、己(おのれ)の内なる欲求に従ってひたすら続けていくのです。ここには「他人から認められたい」とか、「他人を見下して優越感に浸りたい」というような、俗っぽい願望が付け入る隙などありません。ひとつひとつの「気付き」が知的関心の「核」となり、さらにその周りを直接、間接に知り得た情報で包み込んでいく。アコヤ貝が体内の「異物」を体液でコーティングしていくにつれ、あの美しい「真珠」がゆっくりとその姿を現すように。こうして意識の深い部分で熟成された「知の宝石」はやがて互いに結びつき、ネットワークを構成していきます。

かつて漢学を深く修めた人は、このように内面から自分を作り上げていったのです。その結果として、自分自身の価値を決めるのに「他者からの評価」を気にしなくなります。ホモサピエンスである限り、万人に共通した『自己承認欲求』を満たすための、最も美しいカタチがそこにはありました。武道の達人が他の武芸者の力量を直感的に見抜くように、ケーベル博士は「ひとりの老漢学者」にただならぬ修練の歴史を感じ取ったのでしょう。

旧幕府時代の漢学では書籍の内容自体が持つ、「情報としての価値」だけではなく、修行の過程そのものが『知を深める』ための、絶好のトレーニングだったのです。往年のヨーロッパでギリシャ語やラテン語といった古典語の学習が重んじられたのも、同様の意義があったと筆者は考えます。自己の内面と向き合い続け、自らを深めていく。この崇高なるプロセスを『知的生活』と名付けたのが、前出の渡部昇一先生です。「明治維新が成功したのは、幕末の段階で日本人の知性が成熟していたからだ」、と渡部先生が授業でご指摘になったのを懐かしく想い出します。

おおっ、そうだ!幕末といえば「仁」っていうテレビドラマがあったね。現代の脳外科医が幕末にタイムスリップするんだよね。仁先生が坂本龍馬や西郷隆盛といった維新のヒーローたちと絡みながら歴史のうねりに翻弄されていくストーリーには不思議と説得力がありました。すっかりハマったね、ホント。英語教師である筆者が幕末にタイムスリップしたら、若き日の根本通明先生に巡り会えるだろうか?後年の大学者がまだひとりの無名の若者だったころ、何を考え、何に悩んだのだろう?ああ、筆者もジョン万次郎や黒船来航時の通訳、堀達之助たちと出会い維新の渦に巻き込まれていく。。。南方仁の医療技術が幕末では「奇跡」だったように、筆者の英語力も当時にあっては威力を発揮することだろう。んでもって、綾瀬はるか演じる「咲」さんみたいな美女と仲良くなったりして。そうそう、中谷美紀の「野風」さんは吉原の華、花魁だったよね?ひひひひ。

真夏日の昼下がり、語学オタクの妄想は『果てなく続くストーリー』。スピンオフドラマのテーマ曲も決まったぜ。(by 柳浦)

参考文献『続・知的生活の方法』渡部昇一著(講談社現代新書、1979年)