授業紹介 金融と経済を学ぶゼミ

 本ゼミでは、日々の様々な経済問題を取り上げて、その背景や経緯、今後の行方などを考察しています。毎回、前の週の主な出来事とそれに関わるキーワードをレジュメにまとめ、それを手掛かりに授業を進めています。今回(719())は、「人手不足なのになぜ賃金は上がらない?」というテーマで、ゼミを進めました。

 このテーマは、近年、マスコミ等でも多く論じられています。有効求人倍率は本年4月時点で1.48倍とバブル期を上回る高い水準を示しています(もっとも正社員の有効求人倍率は0.97と1を下回ってはいますが)。それにもかかわらず、実質賃金の伸び率は低迷状態のままです。人手不足なのになぜ賃金は上がらないか。経済学の常識的な知見からすれば、需要が供給を上回れば、価格=賃金は上昇するはずです。そうではない、なぜだろうか、というわけです。

 しかし、この問題に答えることはそう簡単ではありません。様々な要因が複合的に絡み合っているからです。さしあたってここでは6つほど、ポイントを挙げてみました。

    賃金変動の硬直性

    政府の規制

    非正規雇用の増加

    労働生産性が低い

    賃金の上昇を製品価格に転化できない。

    労働分配率の低さ

    賃金変動の硬直性

G1

 独立行政法人 労働政策・研修機構ホームページより  

 このグラフから明らかなように、1990年から2015年までについて見ると、有効求人倍率は0.4倍から1.40倍の間を大きく変動しています。しかし、実質賃金の方は、厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、この期間は、2010年を100とする指数で表すと95から103の間を推移していて有効求人倍率ほどの大きな変動は見られません。しかも有効求人倍率が上昇するときに実質賃金が下がり、また逆のケースも散見されます。つまり、長期的に見ると、実質賃金の動向には、有効求人倍率の変動との相関性はない、もしくはかなり低いものでしかないと言えそうです。これが、賃金変動の硬直性といわれるものです。その原因のひとつとして、「損失回避特性」に基づく考え方を紹介しておきましょう。「損失回避特性」とは、既得権益の喪失は人間の本性上大きな負の効用をもたらすものなので、既得権益そのものを持たないようにする、ということです。つまり、賃金の引下げは大きな負の効用をもたらし、その結果モラルハザードやモチベーションの低下による労働生産性の低下を引き起こす、だから不況期でも引下げを回避できるように、前提となる賃金高そのものを存在せしめないのが得策、好況でも賃金上昇は抑制しておこうというわけです。賃金の変動の、比較的小幅な状態(賃金変動の硬直性)が持続することになります。

G2a

    政府の規制

 介護報酬や保育料は、厚生労働省の定める基準によって決定されます。増大していく社会保障関係費の支出抑制のために、これらが低い水準に留め置かれ、そのために低い賃金水準と労働力不足が生じているわけです。みなさんがミクロ経済学の初歩で学ぶ「完全競争の不成立」によって、均衡価格以下の低価格(=低賃金)と、超過需要(=人手不足)を説明することができます。ただし、政府の規制を原因とする低賃金が、介護・福祉などの業種に限定されたものであることは、踏まえておかなくてはなりません。

 ここまでお話ししたところでタイムリミットとなりました。③以降は次回のゼミナールで議論することとし、今回の授業紹介はここまでとします。(文責:市岡)