どんな道に迷っていますか?

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201765日午前917分、鹿児島県種子島宇宙センターから、「日本版GPS衛星・みちびき2号」を載せたHA2Aロケット34号機が打ち上げられた。28分後には衛星を分離し計画通り軌道・投入に成功。私たちはこの衛星から発信される情報を利用して道に迷うことなく、いままでよりも正確に目的地にたどり着くことができるようになった。いずれ4基の衛星を使って測位システムの精度を高めるということです。この体制が整えば、カーナビやスマホに映し出される地図と自分の位置との誤差が6cmになるということです。驚異的な技術の集積です。時々、空を眺めて地球を回っている衛星に感謝したいものです。

 GPSのない時代、私たちは好奇心・恐怖心を抱えながら、ある時は河川を、またある時はけもの道を使って見知らぬ人と言葉を交わしながら交流、時には物々交換などをしながら親交を深めてきた。目的地を目指して行くためにはかなりの時間が必要だということです。往来する機会が増えるにつれ、活動エリアが広がってくるとだれでも簡単に利用できる地図、いわゆるマップが必要になる。地図は見聞より確かである。またより詳しい地図は交流や交換だけでなく、自分達を誇示するために相手のエリアを侵略する計画を練るための道具として悪用されるようにもなる。 

 日本で作られた最初の地図は奈良時代の僧「行基」が作った「行基図(原図はない)」であるとされている(805年:延暦24年)。主に布教活動や社会慈善事業などのために利用していたようである。その後、鎌倉時代の中期に三善為康が作成した「二中歴(掌中歴と懐中歴をあわせて作成した事典:貴族や知識人のための百科事典):1128年(大治3年)、また南北朝時代に洞院公賢によって書かれた「拾芥抄:文学・歳時・天文・地理など生活習慣等を記述した事典」がある。そこにはいずれも「行基図」が添付され、往来の道標として利用していたようである。

 江戸時代には、55歳から地図の作成に奮闘した伊能忠敬(千葉県九十九里生まれ)が1800年(寛政12年)の第一次測量(蝦夷地太平洋岸)を皮切りに17年間全国を歩いて実測したデータをもとにして作った「大日本沿海輿地全図(「伊能図」とも呼ばれている:地図作成の発端が「地球の大きさを知りたい」という好奇心らしい)」がある。艱難辛苦による成果が地図の精巧さに表れている。

 伊能忠敬が作成した地図より42年も前の1774年(安永3年)に地理学者・漢学者である長久保赤水(茨城県高萩市出身、第6代水戸藩主徳川治保の侍講、「大日本史」の地理志の執筆も行う)が文献などを参考に緯線・経線を付した「日本輿地路程全図」を作成した。伊能忠敬の地図はきわめて正確であったが江戸幕府が非公開としたため、一般に普及したのはこの地図であった。明治時代初期まで旅人や幕末の志士たちの道標として利用されていた。また、シーボルトもこの赤水の作った地図を自国に持ち帰り(ドイツ国立民俗資料館シーボルトコレクション)、日本を知る資料として活用していた(欧米の博物館や大学に所蔵されている)。さらに日本の領有を裏付ける資料としても引用されている。

 夏休みに、是非、長久保赤水顕彰会資料館(茨城県高槻市歴史民俗資料館)、伊能忠敬記念館(千葉県香取市)に足を運んで偉人の功績を辿って見てください。

 机の上で、日本地図、世界地図を広げてみると自ら地球の上を自由に、道に迷うこともなく、またPCを起動して地図のストリートビューを利用すると居ながらにして世界中のあらゆる場所を散歩や旅行ができる時代です。敢えて旅行しなくてもいいのかなと思いますが、しかし、旅の実感を知るためには、迷うことも旅の醍醐味です。

 ロケットの打ち上げによって、人生に迷わないGPS、人生の道標のGPS、人生の悩みを解消できるGPS、そんな驚異的なGPSができることを期待したいものです。

                (ビジネスライフ学科教授:澤村孝夫)写真JAXA